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CFA協会ブログ

         

No.666

2024年5月10日               

世代間の富:親の財産は子孫に引き継がれるのか?

Generational Wealth: Does the Apple Fall Far From the Tree?

ラファエル・パローン CFA, CAIA, CFP

億万長者の息子は、相続した財産を永続させるでしょうか?歴史が教えることは明らかに違います。

実際、最も「裕福な一族」が何世代か後になるとより貧しくなることについて強い証拠があるのです。これについては、いくつかのシステミックな理由があります。例えば、税金が一族の財産を少しずつ削り取ることなどです。しかし、何世代にも渡って一族の財産を損なう主な要因は、相続人自身が行う選択です。これには、遺産をどのように運用するか、子どもが何人いるか、離婚するかしないかといったこと、およびその他のライフスタイルの選択が含まれます。

1.世界で最も裕福な102013年と2023

出典:Forbes

1が示しているとおり、世界で最も裕福な10人のうち6人が、10年間で「作り上げられ」ました。彼らのすべてが男性なので、私はこのブログの中では「創始父(男性億万長者)」という言葉を用いることにします。もちろん、これは統計的に有意であるためのサンプルとしては少なすぎます。しかし一見して、Forbesのトップ10のリストは、資本主義が新たな億万長者を作り出し、富を生み出す力を持っていることを示しています。このリストのもうひとつの見方は、資本主義は財産を他者と同じくらいにすばやく増やすことに失敗した億万長者、あるいはとにもかくにも財産を失った億万長者を交替させるということです。

このことは、好奇心をそそる一連の質問を思い起こさせます。昨日の億万長者のトップ10にある者が今日のトップ10にはいなくなるには何が必須の要因なのでしょうか?その要因は他の裕福な投資家にも当てはまるのでしょうか?裕福になるための唯一の公式がないのであれば、一族の財産を失うための唯一の公式は存在するのでしょうか?世代間の財産に関して、親の財産が子孫に引き継がれるのかどうか以下で考察します。

 

富裕層が財産を蓄積する能力を説明するモデル

裕福な人がその財産を次の5世代にわたって永続させる能力を検証するため、私たちは7つの変数を用いて財産を蓄積する能力を説明する数学モデルを構築しました。

1.  相続財産の金額H

  1. 遺産分割する相続人の数Q
  2. 投資リターン(i)

4.  財産を蓄積する年数N

5.  裕福な一族の収入に対する割合(%)としての年間支出G

6.  富裕層の離婚率(離婚手続における財産分割を示す)D

  1. 富裕税T

 

これらの変数を勘案すると、創始父が一族の次の世代に移転する財産の将来価値は次の式のようになります。

FV= [(H x (1+i)N) + ((H x i) x (1-G)/Q) x ((1+i)N – 1)/i)] x (1-T)

そしてこのサイクルは、第2世代から第3世代へ、第3世代から第4世代へ、更に次の世代へと続きます。財産蓄積プロセスにおける3つの要因がひときわ目を引きます。多額の財産を相続すること、財産蓄積フェーズにより長い時間をかけること、より高い投資リターンを実現することの3つです。反対に、7つの変数のうち4つは財産蓄積に対する制約となります。より多くの子どもを持つこと、より多く支出すること、離婚すること、富裕税率の高い国に住むことの4つです。

次の質問を検証してみましょう。裕福な一族は、たとえ子供が多くて、豪奢なライフスタイルで生活し、離婚により財産を分割し、富裕税を支払ったとしても、何世代にもわたって財産を蓄積できるでしょうか?

変数「離婚」が基本公式の中にないことにお気づきでしょうか。これは「離婚」がランダムかつバイナリの変数であるからです。動態的シナリオにおける「離婚」の効果を検証するために、私たちは10,000のシナリオを考慮したモンテカルロ・シミュレーションを実行しました。私たちは、次のバリューと確率分布を考慮しました。

相続財産の金額
私たちは10億ドルから始めることにしました。この数は意図的に選択したもので、一族の創始父が亡くなる際に10億ドルを残し、その全額を親族に残したものと仮定しました(慈善への支出や寄付等はなく、親族の否認や相続人の除外もないものと仮定)。以上の仮定に従えば、私たちは創始父の死亡により息子が蓄積するであろう金額、創始父の孫が相続するであろう金額といったようにして、一族の第5世代まで算定することができます。

財産を残そうとする傾向は人それぞれであり、そうした傾向は文化的規範によって様々であるという事を私たちは理解しています。そうした傾向は、人生を通じた大いなる財産の蓄積のみに依拠するものではありません。この遺産を残そうとする傾向は、遺産の種類によっても様々です。相続財産は有形(ビル、自動車、ボート)である場合もあれば、無形(人的価値、パーソナル・ブランディング、政治権力)である場合もあります。

私たちは、億万長者が財産を残そうとする傾向が、その財産と相関しないことも知っています。ジェフ・ベゾスとイーロン・マスクが行う寄付の金額は彼らの財産の1%未満であり、彼らが富めば富むほど、パーセンテージで見た寄付金額はより少なくなるのです。

遺産分割する相続人の数
ひとりの億万長者には何人の子どもがいるでしょうか?その数はミドルクラスの普通の人とはまったく異なるのでしょうか?例えば、イーロン・マスクには3人の異なる女性との間にもうけた(この記事の公表時点で)9人の子どもがいます。Forbesによればイーロン・マスクのケースは外れ値であり、米国で最も豊かな700人には平均して2.3人の子どもがいて、これら700人の億万長者のうちわずか22人に7人以上の子どもがいるにすぎません。これを補間して正規分布を仮定すれば、2.39という標準偏差が得られます。

富裕層の年間ネットリターン
これはおそらくモデル化することが最も難しい変数です。億万長者の年間平均リターンとは何でしょうか?高いリターンとは、イーロン・マスクが誰も知らないところから10年足らずで億万長者リストのトップに上り詰める変数であり、カルロス・スリムがリストのトップから20位よりも下に転落する変数のことをいうのです。

私たちは、億万長者のリターンは実際にはボラタイルであると見ています。第一に、多くの億万長者がリターンにレバレッジをかけています。彼らは負債を有するビジネスを所有し、ある者は更に自身の財産を抵当に入れて借金していることさえあります。第二に、彼らの多くはその財産をプライベートエクイティとベンチャーキャピタルに割り当てています。これらの資産は、高いリターンを生みだすこともある一方で、惨めなパフォーマンスとなることもあります。ディムソン・マーシュ・スタントンのデータベース(2017)を利用して調べたところ、総人口のうち最も裕福なセグメントの1900年から2017年までのリターンは平均して年4.8%であり、標準偏差は15.1%でした。

財産を蓄積する年数
最初の100万ドルを蓄積するために必要な年数はどれくらいでしょうか?また、最初の10億ドルでは何年でしょうか?ファイナンシャル・プランナーのブライアン・プレストンとボ・ハンソンによれば、ある人が最初の100万ドルを蓄積するためにはおよそ27年かかり(530万人の米国人)、10億ドルに達するまでには更に14年以上がかかる(700人の米国人)ということです。

しかし、この百万長者になる確率は、正確にはランダムであるとは言えないことを私たちは知っています。人口のたった3%の人々が100万ドルのマイルストーンを達成したにしても、ある人がこのポイントに60年後に達する確率は、30年以内に達する確率よりも12倍以上も高いのです。白人とアジア系の人たちは、黒人とヒスパニック系の人たちよりも4倍、100万ドルのマークを達成しやすいということを私たちは知っています。大学を卒業した専門家は、小学校で学歴を終えている人たちよりも8倍、100万ドルのマークに達しやすいのです。

興味深いことに、百万長者となった人たちの59%は彼らの最初の100万ドルを起業によって達成しており、相続によって達成した人は20%、働くことによって達成した人は21%となっています。そして、百万長者となった人が貧困の中で亡くなる確率は44.1%もあるのです。

裕福な一族の収入に対する割合(%)としての年間支出
人の支出の習慣はもうひとつの極端にセンシティブな変数です。極端ではあるものの、とても教訓に富んだ例として、コーネリアス・ヴァンダービルトの一族は、推定4,000億ドル(物価調整後)の財産を、豪奢な消費により3世代で失いました。

労働統計局によれば、米国人の家計の支出構成は幅広く様々に異なります。経済的に低いクラスにある人たちは、その収入の96%を基本日用品と食料のために支出しています。富裕層は85%をレジャーのために支出しています

富裕層の離婚率
裕福な人々の離婚率は上昇しています。数学モデルはこのトレンドを考慮したものであるべきです。私たちが全米地域調査の最近のデータを用いて調べたところ、経済的に最も高いクラスにあるカップルの44%が離婚していることを示していました。

富裕税
私たちは、富裕税の平均税率を測定しました。国ごとの富裕税の格差のレベルには驚かされます。オーストラリア、カナダ、イスラエルおよびメキシコでは富裕税がありません。日本の55%という税率には目を丸くさせられます。その他の多くの国では、富裕税は州によって規定されており、その課税スキームは様々です。例えば、サンパウロ州の税率は4%で固定されていますが、同じブラジルでもサンタカタリーナ州では1%から8%まで幅があります。私たちはOECD諸国の中央値である7%を私たちのモデルで使用しました。

シミュレーションの結果
このシミュレーションは、億万長者の子どもとして生まれた10,000人の人々に何が起こるかを予測しようとしたものです。ある者は過剰に支出し、悪い投資判断を行い、財産の移転によってたくさんの税金を支払い、もともとあった10億ドルを失っていきます。その効果は、続く数世代に渡って拡大していきます。この裕福な一族の第5世代の人たちがミドルクラスの労働者として早起きをし、交通渋滞に巻き込まれ、請求書の支払いに悪戦苦闘するということはあり得ることなのです。

2.世代間の富

ある一族がその第5世代まで創始父のもとの10億ドルの財産を増やして、あるいは減らすことなく残すことができた場合は、私たちはその一族を裕福であると考えました。いくつかのケースにおいては、蓄積された財産は相続額よりもずっと大きいものでした。しかし、一族の第5世代の財産が創始父により残されたものよりも少ない場合は、その一族は先にモデル化したいくつかの理由のために世代を通じて財産が目減りするがままに任せてきたと言ってよく、私たちはそうした一族を富の毀損者であると考えました。

10,000通りのシミュレーションのうち43%のケースでは、一族は第5世代において裕福でした。それらの一族の累計平均リターンは5.008%でした。それは、5世代もの期間で、つまり約120年もの期間で、その一族の財産が実質ベースで約50倍に成長したということを意味しています。

シミュレーションのケースの過半数(57%)においては、一族の第5世代の保有財産は相続したよりも少なくなり、その累計平均リターンは-2000%となりました。シミュレーションは、裕福な一族の財産が増加する頻度は43%と少ない一方、絶対リターンは大きいことを示しました。富の毀損者は頻度が57%と高いですが、損失の額はそれほど大きくありません。

すべてを考慮すると、裕福な一族で数世代後に一層裕福になるものはわずかであるということについて、強い証拠が存在するのです。

結論
このシミュレーションは、富の集中についての懸念があるにもかかわらず、裕福な一族は創始父の遺産を損ないがちであり、ライフスタイルと投資判断にその原因があることが多いということを示しています。ファイナンシャルアドバイザーは一族がアセットアロケーションとタックスプランニングに集中することを支援できますが、その一方でアドバイザーの役割には豊かさの心理学とファミリーガバナンスが含まれます。世代を通して健全な価値観を伝承することが、裕福な一族の財産を永続的に維持することを保証するのです。

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執筆者

Raphael Palone, CFA, CAIA, CFP            

(翻訳者:荒木 謙一、CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2024/05/06/generational-wealth-does-the-apple-fall-far-from-the-tree/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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