670

CFA協会ブログ

         

No.670

2024年6月7日               

投資プロセスにおける気候データ:課題、リソース、および考慮事項

Climate Data in the Investment Process: Challenges, Resources, and Considerations

 

Deborah Kidd, CFA

 

 気候変動の長期的な経済的影響を見積もるのは極めて複雑ですが、一般的にその影響は莫大なものになると予想されています。デロイト(2022年)の分析では、現在実施されている国の政策が示唆するように、地球が3度温暖化すると、今後50年間で世界経済の損失は178兆ドルに達する可能性があると予測されています。対照的に、デロイトの分析では、今世紀半ばまでにネットゼロ排出に移行することで43兆ドルの経済的利益が得られる可能性があると推定しています。

 

 膨大な気候変動の投資リスクと機会に対処する鍵は、それらを測定および分析するための信頼できる気候関連データを持つことです。「投資プロセスにおける気候データ:課題、リソース、および考慮事項」では、気候関連データを取り巻く問題とその克服方法について説明します。

 

データ品質の課題

 気候関連データは、投資プロセスで気候変動のリスクと機会を評価するだけでなく、資産を評価し、株主エンゲージメントの目標を設定し、低炭素またはより持続可能な投資に対する投資家の好みを満たすためにも使用されます。気候関連データは、インデックス、信用格付け、環境・社会・ガバナンス(ESG)格付け、調査など、投資マネージャーに提供される商品やサービスにも使用されています。

 

 多くの国・地域では気候関連の開示義務がないため、包括的で信頼性が高く比較可能な気候関連企業データを入手するのは困難です。多くの企業が自主的に気候関連データを開示することを選択していますが、開示された気候関連情報には大きな矛盾がしばしば存在します。企業は、投資家や規制当局が求めている情報を収集、計算、報告するために必要なリソースの入手に苦労しています。OECD2022年)の報告書によると、大手企業は中小企業よりも気候データを開示する傾向がはるかに高いことがわかりました。新興市場企業や非公開企業も、温室効果ガス(GHG)排出量の開示が遅れる傾向にあります。

 

 企業は、規制当局への提出書類、企業の持続可能性レポート、または業界団体、非営利団体、多国間機関にデータを開示する場合があります。投資家は、投資対象や商品のユニバースを構成する数百または数千の企業のデータを収集、推定、処理することが困難で、時間がかかり、コストがかかると感じることが多いため、サードパーティのデータベンダーから気候関連データを取得することを選択することがよくあります。サードパーティのデータを使用すると、気候関連データの利用可能性と比較可能性の問題の一部は解決されますが、すべてではありません。

 

 多くのデータプロバイダーは、中小企業や新興市場企業をカバーしていません。さらに、さまざまな気候関連データと指標の計算には多数の仮定と推定が含まれており、その方法論は不透明であることがよくあります。大きなエラーが発生する可能性があり、予想よりも高いポートフォリオの気候リスクエクスポージャーや、ファンドラベル基準または気候関連特性の違反など、意図しない結果につながる可能性があります。

 

 投資家は、気候関連情報にアクセスしたり評価したりする方法として、ESG 格付けに頼ることもあります。ただし、ESG 格付けに含まれる気候関連データと同様に、ESG 格付けはプロバイダーごとに固有であり、直接比較することはできません。個々の企業の ESG 格付けには、プロバイダー間で大きな違いがあります (たとえば、BergKölbelRigobon 2022 を参照)。さらに、前述の OECD (2022) レポートでは、「E」の柱のスコアが高いことは、脱炭素化、低 GHG 排出量、低炭素強度と直接関連しておらず、企業の気候関連リスクと機会の管理を評価するための有用な尺度としては機能しないことが判明しました。

 

 多くの投資商品で ESG 格付けが広く使用されていること、および格付けの透明性と比較可能性の問題は、規制当局によって見過ごされてきたわけではありません。いくつかの規制当局は、ESG 格付け機関とデータプロバイダーに対する規制または自主行動規範を策定したか、策定の過程にあります。

 

規制と基準のマイルストーン

 気候関連情報の利用可能性、一貫性、品質を向上させるために、最近、さまざまな規制、基準、業界イニシアチブが制定または発行されています。20236月、国際サステナビリティ基準審議会 (ISSB) は、財務的に重要な企業の持続可能性と気候関連の開示に関するグローバルベースラインを確立することを目的として、2つの最初の基準を公表しました。これらの基準 (IFRS S1サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項、および IFRS S2気候関連開示) は、財務的に重要な持続可能性と気候関連のデータを開示するための最初のグローバル報告基準です。

 

 欧州財務報告諮問グループは、EU 企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に基づいて公表された独自のサステナビリティ基準である、欧州サステナビリティ報告基準 (ESRS) を作成しました。ESRS では、サステナビリティと気候関連の情報をダブル・マテリアリティに基づいて報告することが求められています。つまり、ESRS にはインパクト・マテリアリティおよびファイナンシャル・マテリアリティの両方が含まれます。この規制の適用は、欧州で事業を展開している非欧州企業にも及び、事業体の種類に応じて2028年までに段階的に実施されます。

 

 20243月には、米国証券取引委員会が、米国を拠点とする企業および米国で事業を展開している企業を対象に、Regulation S-KおよびRegulation S-Xに基づく気候関連の標準化された開示要件​​を発表しました。

 

 これらおよび他の待望の規制および基準ソリューションは発効するか、または間もなく導入される予定ですが、投資家にはまだやるべきことが山積しています。CFA協会の財務報告ポリシーグループのシニアヘッドであるSandra J. Peters氏によると、組織および国・地域の相互運用性の取り組みによって、世界的な開示基準が確立される可能性は低いようです(CFA協会、2023年)。これらの規制および基準の詳細な比較は相当な作業となりますが、大まかに言えば、それぞれが次のような規定を含んでいます。

·        GHG排出に関する開示

·        気候リスクに関連するガバナンス、指標、感度分析、移行計画に関する開示

 

 それぞれの開示基準や規制は大きく異なっており、気候関連データの一貫性と比較可能性は投資家にとって継続的な課題となっています。マテリアリティの種類、情報の対象者(投資家やその他の利害関係者)、情報の所在(規制当局に提出された年次報告書、別途の持続可能性報告書、その他の政府機関や団体への提出)、基準の採用のタイムライン、監査法人などの外部関係者による情報の検証の程度に違いがあります。Peters氏は、財務報告の歴史が気候報告のモデルであるならば、私たちは数十年かかる可能性のある情報の旅の始まりにいると考えています。

 

データ戦略:投資家は何ができますか?

 規制や基準が意味のある解決策を提供できるまで、投資家は気候関連データの使用をためらうべきではありません。代わりに、投資家は(1)利用可能なデータを効果的に使用するために判断を行い、(2)不完全なデータセットを扱う場合と同様に、それらのデータの限界を意識する必要があります。

 

 投資家は、元のソース文書、業界団体のデータベース、または他のデータプロバイダーと照合することで、データエラーを特定し、サードパーティの気候関連データを検証するための手順を踏むことができます。推定データを使用する場合、プロバイダーの方法論を理解して比較することも役立ちますが、すべてのプロバイダーが推定の方法論を公開しているわけではありません。複数のサードパーティデータベンダーに加入すると、地域、業界、資産クラス、または企業規模のギャップを埋めるのに役立ちます。ただし、データサブスクリプションは高額になる可能性があり、複数のサブスクリプションのコストは一部の投資家にとって手の届かないものになる場合があります。

 

 投資家は、基準設定プロセスに参加し、発行者に開示基準を自主的に採用するよう促し、高品質で世界的に一貫した開示規制を提唱することで、気候関連データの現状の改善に貢献できます。

 

【参考文献】

Berg, Florian, Julian F. Kölbel, and Roberto Rigobon. 2022. “Aggregate Confusion: The Divergence of ESG Ratings.” Review of Finance 26 (6): 1315–44. 

https://doi.org/10.1093/rof/rfac033.

 

CFA Institute. 2023. “RE: Request for Information: Consultation on Agenda Priorities” (1 September). https://rpc.cfainstitute.org/-/media/documents/comment-letter/ 2020-2024/ISSB-Agenda-Consultation-Comment-Letter_10-18-23.pdf.

 

Deloitte. 2022. “The Turning Point: A Global Summary” (20 June).  www.deloitte. com/global/en/issues/climate/global-turning-point.html.

 

OECD. 2022. “ESG Ratings and Climate Transition: An Assessment of the Alignment of E Pillar Scores and Metrics.” OECD Business and Finance Policy Paper No. 06 (8 June). 

www.oecd.org/publications/esg-ratings-and-climate-transition-2fa21143-en.htm.

 

 

筆者

Deborah Kidd, CFA

(翻訳者:村上みさき, CFA

 

英文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/marketintegrity/2024/05/31/climate-data-in-the-investment-process-challenges-resources-and-considerations/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。日本語版および英語版で内容に相違が生じている場合には、英語版の内容が優先します。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資助言を意図するものではありません。

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