675

CFA協会ブログ

         

No.675

2024年7月10日               

捉えどころのない中立金利を求めて

In Search of the Elusive Neutral Interest Rate

ディスラオ・ヴィダル(Ladislao Vidal)、CFA

 

金利は数兆ドル規模の市場を動かし、政治に影響を及ぼし、通貨の価値に打撃を与え、さらには日常の食料品の支出にも影響を及ぼします。金利水準の決定を発表する中央銀行の記者会見には多くの聴衆が集まり、「金利引き上げ」など耳目を引く見出しが付けられます。また、専門家は中央銀行の政策決定がもたらす結果の予測を説明するために「ソフトランディング」や「ハードランディング」などの専門用語を使用します。しかし、理想的な世界(perfect world)において、私たちはいったいどこに着地すべきなのでしょうか?

 

19世紀に、スウェーデンの経済学者クヌート・ヴィクセルが自然利子率(もしくは中立利子率、均衡利子率、r*(rスター)とも言われる)という概念を考案して以来、経済学者も実務家もこの疑問を抱いてきたのです。金融政策によって経済成長を刺激することも抑制することもない利子率が自然利子率です。自然利子率が重要である理由は、中央銀行が主に金利の引き上げ、引き下げ、維持といった方法で金融政策を設定する際に用いるからです。

 

中立金利は、安定した物価水準と雇用の最大化を両立する考え方です。現在の金利がr*より高い場合、これが意味するものは、インフレ率の低下をもたらす金融引き締め環境にある、ということです。現在の金利がr*より低い場合、インフレ率が上昇する可能性が高いことを意味します。

 

r*という概念は非常に魅力的なものです。これは、インフレを発生させることなく経済の生産量の水準を潜在的な最大値まで引き上げながら、経済におけるすべての貯蓄と投資を均衡させるというレートです。そして、私たちが経済を着地させたい理想の地点でもあります。この分野で多くの研究が行われてきたことも不思議な話ではありません。中立金利は、中央銀行にとっての聖杯(注:究極の目標)と考えることができます。つまり、雇用に影響を与えずに低インフレを保証するレートなのです。しかし、聖杯そのものと同じ話で、r*を見つけることは非常に困難です。観測できないがゆえに、捉えづらいのです。

今週、連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長が上院銀行委員会で行った半期毎の演説が記憶に新しい今こそ、r*の要因を検討する絶好の機会です。変化する金融環境に対するFRBの対応が、その後の金融環境に影響を及ぼすことを心に留めておくことが重要です。

R*を動かす要因

R*は、経済における貯蓄と投資のバランスに構造的な影響を及ぼす現実世界の要因によって決定されると広く考えられています。これには、潜在的な経済成長の規模、人口動態、リスク回避、財政政策などが含まれます。短期的な変動の影響が収束した後、均衡状態において実現しうる利子率です。

 

これらすべての影響によりr*は観測不能となるため、アナリストや経済学者は利子率の近似値を導き出すべく推計モデルに頼らざるを得なくなります。それぞれのモデルには長所と短所があります。結果として得られる推定利子率はモデルに依存してしまい、真のr*とは言えません。

 

中央銀行は、定期的にさまざまなモデルを使用して自然利子率を推計しています。例えばニューヨーク連邦準備銀行は、ラウバッハ・ウィリアムズ(LW)モデルとホルストン・ラウバッハ・ウィリアムズ(HLW)モデルを使用しています。後者のモデルによる推計値を図1に示しています。

 

図1.HLWモデルによる米国の(自然利子率の)推計値

出所:ニューヨーク連邦準備銀行

 

貨幣は本当に中立的か?

r*の導出を複数の異なるモデルに依存することに課題が存在するにもかかわらず、各モデルに共通する明確なトレンドがあることが分かりました。それは、金利が40年間にわたって長期的に低下しているということです。この低下は、金利をさらに低下させる構造的な要因によって生じました。中国の貯蓄率の上昇と米国の証券に対する強い需要、高齢化社会への移行に伴う貯蓄の増加と投資の減少、グローバル化、生産性の伸びの低下などの要因が、中立金利の低下に影響を及ぼしました。

 

しかし、r*に影響を与えるもう1つの要因についてはあまり議論されていません。それは金融政策です。マクロ経済におけるほとんどの研究では、貨幣は中立的で実質変数に影響を与えることはなく、r*は実質変数によって決まると仮定されています。したがって理論上は、r*の探索において金融政策は無関係です。しかし実際には、金融政策は無関係ではありません。

 

主要中央銀行が数十年にわたって金利を引き下げ、実際に金利をr*よりはるかに低く押し下げてきたことを考えれば、金融政策の重要性は明白です。このような施策がなされると、(経済に悪影響を与える)いくつかの「弊害」が経済に定着してしまい、これらの弊害が実質変数と名目変数の両者に影響を及ぼすと、エドワード・チャンセラーは著書『時間の値段:金利の真実の歴史(原著名:The Price of Time: The Real Story of Interest)』で説明しています。

 

一つの弊害は、投資評価の誤りです。人為的に低い金利は投資案件を評価するためのハードルレートを下げ、その結果、期待収益が通常よりも低いセクターや投資案件に資金が向けられてしまいます。

 

次に経済の「ゾンビ化」が挙げられます。金利が低く、負債による資金調達を十分に行える状況であれば、(そうでなければ)倒産するはずだった企業が、非常に高い水準の負債を抱えたまま事業を継続してしまいます。これにより、シュンペーターの創造的破壊のメカニズムは停滞し、存続不可能な企業が生存し続けることになります。

 

3つ目は、サプライチェーンの長期化です。低金利により、製造業者が生産プロセスを将来に向けて拡大させることで、サプライチェーンは持続不可能なほどの拡大が促進されます。これは、金利が上昇すると、グローバル化の傾向が逆転することを意味しており、既にその傾向が見られ始めています。

 

4つ目の弊害は財政の規律の欠如です。政治家にとって、選挙に勝つために支持を得やすい政策に資金を投入することは魅力的な話です。金利が低く、債券市場の「監視者」(注:市場の規律を正そうとする存在)がどこにも見当たらない場合、誘惑を避けることは不可能です。これは、米国の財政収支が常に赤字であることに反映されています。米国の財政赤字がGDP6%の水準であるという事実は、米国にとって憂慮すべきトレンドです。

 

図2. GDPに対する米連邦政府の黒字または赤字の割合

出典:セントルイス連邦準備銀行

 

(現実の利子率が)r*を一貫して下回ったままであれば、将来インフレ率が上昇するだけでなく、経済全体にさまざまな不均衡が生じます。これらの不均衡は、ある時点で修正される必要がありますが、相当な痛みと実質変数への影響を伴うものになります。

 

過去の実態を見ると、金融政策は中立的ではなく、また、中央銀行は均衡金利を追求している訳でもないということです。むしろ、経済全体に蓄積された不均衡を無視し、これが雇用の最大化を達成する方法であると考え、金利をさらに引き下げてきたのです。

 

 

ここから向かう先は?

中立金利に至る将来の道のりを見つけるために、経済の構造的要因がどのように動くかを予測する必要があります。その一部は明確に予測できるものの、他の要因は具体的に予測できるものかどうか分かりません。

 

まず、パンデミック後のインフレにより、中央銀行は超低金利の時代を終わらせざるを得なくなりました。短期的にはゼロ金利に近い環境に戻ることはないというのが市場のコンセンサスです。

 

第二に、巨額の財政赤字が是正されるには程遠い状況です。米国にはあらゆる財政の緊縮計画が欠落しています。米国外の状況を見ると、社会の高齢化、グリーントランジション(注:環境への配慮や持続可能性のある社会への移行)、国防費の増加という主に3つの要因により、公的支出はさらに増加すると見込まれます。

 

第三に、金利の上昇と地政学的な分断により金融のグローバル化は後退するでしょう。

 

明るい側面、つまり投資の観点から見ると、人工知能(AI)やグリーンテクノロジーが期待通りの成果をあげ、個人投資家の投資マネーを引き付けるものになるどうかはまだ分かりません。

 

まとめると、これらの要因から示されることは、r*は上昇し、それゆえ金利の長期的な低下トレンドは終わる、ということです。

 

果たしてR*を見つけることはできるのか?

r*の推定は困難な作業です。結局のところ、推定される単一のr*は存在しません。欧州連合(EU)では、自然利子率は、たとえば加盟国のスペインやフィンランドで認識されているr*とは異なります。しかし現在、欧州中央銀行(ECB)はEU全体に適用される単一の利子率を設定しています。

 

研究によって、将来より洗練されたモデルが生み出されるでしょう。しかし、全権を掌握する中央銀行がすべてを決める時代において、r*は実のところ人工的な創造物なのかもしれません。金利は個々人の意思決定の集合ではなく、官僚的な決定を反映したものになるということです。

 

 

 

この投稿が気に入られたらEnterprising Investorのご購読をお願い致します。

 

(翻訳者:河野俊明、CFACAIACPA

 

和文オリジナル記事はこちら

https://blogs.cfainstitute.org/investor/2024/07/10/in-search-of-the-elusive-neutral-interest-rate/

 

) 当記事はCFA協会(CFA Institute)のブログ記事を日本CFA協会が翻訳したものです。記事内容は執筆者の個人的見解であり、投資勧誘を意図するものではありません。

また、CFA協会または執筆者の利用者の見方を反映しているわけではありません。